【竹門康弘助教授の研究概要】
1.河川地形の生息場所機能(池淵科研基盤A,CREST:2002-2005)
河川地形の果たす生息場所機能を知るために,京都市鞍馬川ー賀茂川本川の蛇行,瀬淵,砂礫堆地形を測量し,砂礫堆地形や底質環境の変異と魚類や水生昆虫による場所利用様式の関係を追究している.賀茂川本川では底生生物群集に対する樹冠の影響を調査した結果,300m程度のスケールでも食物連鎖が変化することがわかった.また,モンカゲロウの産卵場所について景観生態学的分析を行った結果,樹冠の覆われていない砂礫堆の瀬の水際に産卵することがわかった.このような選択性を生じる適応的な意義を明らかにするために,卵を野外のさまざまな条件下に埋設する実験を行い,伏流間隙水域の物理化学的条件との関係を分析している.いっぽう,土砂動態と底生魚の生息場所条件との関係を明らかにするために,セグメント,蛇行区間,微生息場所の各スケールで,河床地形と底生魚の生息状況をモニタリングしている.とくにカワヨシノボリやドンコなどの底生魚は土砂挙動と対応した生息環境の評価に適しており,PHABSIM等の手法を用いた分析を行っている.
2.砂州地形の有機物滞留機能(池淵科研基盤A,河川生態学術研究会:2002-2005)
宇治川と木津川を対象に,河川地形の物質循環機能を研究している.砂礫堆は,流下する有機物を捕捉し滞留する場として,あるいは河床や河岸で生産された有機物を河川生態系へ供給する場として機能している.本研究では,天ケ瀬ダムによって土砂供給が断たれ,標高にして3-6mも河床低下を起している宇治川と,現在でも河床に比較的多くの土砂量を有する木津川とを比較対象として,それぞれの河道における粒状有機物の動態を調査している.2003年度には,木津川の12km砂州において,高山ダムのフラッシュ放流を利用して粒状有機物の流下動態を調査した.その結果,木津川下流域の生態系内に滞留する粒状有機物組成は,ツルヨシやヤナギタデなどの水際植物,ヤナギ類などの河原植物,ホザキノフサモや糸状緑藻などの水生植物が多くを占め,陸域からの移入分がきわめて少ないことがわかった.また,2004年5月からは両河川の流下有機物量の流程に沿った変化を調査分析中である.
3.貯水ダムの下流域生態系への影響(池淵科研基盤A,流況変動研究会,CREST:2002-2005)
河川生態系に与える貯水ダムの影響については,水質やダム湖で生産される有機物の影響に加えて,土砂供給が断たれることによる河床地形変化の影響を評価することを目的に研究している.近畿地方各地の貯水ダムから建設年代の異なる16ダムを選び,ダム直下流域における河床地形と底生動物群集の調査をした.また,比較対象として上流に貯水ダムのない自然流域5河川についても,同様の集水面積をもつ流程を選んで調査した.今後,全地点の底質環境,底生動物相,有機物の堆積状況,流下有機物組成,底生生物の炭素ならびに窒素安定同位体比などを分析し,流域面積,ダム貯水量,建設経過年数,年間最大放流量の履歴,平水流量、流況パターン等との対応関係を明らかにする予定である.
4.深泥池の生態系管理手法の確立(環境省環境技術等開発推進費:2004-2005)
京都市深泥池の生物群集に大きな影響を与えている外来魚個体群の抑制手法の確立を目的とした研究を実施してきた.これまでに,オオクチバスとブルーギルの浸入後ならびに個体群抑制にともなう魚類群集や底生動物群集の変化を明らかにしてきた.また,ブルーギルの個体群モデルに基づき抑制努力に対応した将来の個体数変動を予測した.平成16年度からは,『地域生態系の保全・再生に関する合意形成とそれを支えるモニタリング技術の開発』(矢原徹一代表)の一環として,深泥池の水質保全のための生物群集管理ならびに集水域管理の方法を探る研究を開始している.
5.木津川の底生動物群集群集の研究(河川生態学術研究会:1999-2003)
木津川平瀬の底生動物相を把握するために必要な最小サンプル数(採集面積)について,種数,個体数,現存量の観点から,メッシュサイズ別に検討した.2001年6月に12km砂州上流の平瀬に15m×10mの調査区を設け,0.125mmメッシュのサーバーネットを用いて定量採集した.底生動物サンプルを, 1mm以上,0.5mmー1mm,0.25mmー0.5mmの各分画ごとに同定し,種数,個体数,現存量を計測した.29サンプル(約1.8u)から計15目38科81属85タクサ,43065個体が得られた.その群集の種組成は,上位2種(ヒメヒラタカゲロウ属とハモンユスリカ属)だけで70%もの個体数割合を占め,群集の多様度は低かった(SHANNON=2.3344,SIMPSON=0.6811).木津川平瀬の底生動物の平均体サイズは1.63mm(SD=0.128)と小さく,砂に潜る生活型や,FPOM食者が多くみられた.5%の信頼性で種数を知るために必要な最少サンプル数は,0.25mm,0.5mm,1mmのいずれのメッシュサイズでも10個以上必要であると推定された.0.25mmメッシュで採集されたものを100%とした場合,0.5mmメッシュでは,種数90%,個体数45%,現存量80%,1mmメッシュでは,種数50%,個体数5%,現存量30%を得ることができた.種多様性や現存量を比較する目的で定量採集する場合には,0.5mmメッシュでも9割ないし8割は達成できるものの,個体数を比較する目的で定量採集する場合には,0.25mmメッシュが必要であることがわかった.(竹門康弘・渡辺香名子・谷田一三,
2003)
6.トゲトビイロカゲロウParaleptophlebia spinosaの繁殖生態(大阪府立大学)
トゲトビイロカゲロウの交尾時間の変異について雄の繁殖成功の視点から研究した.トゲトビイロカゲロウの雄成虫は,川岸上空で群飛し雌を空中で捕まえた後地上で3分近い時間をかけて交尾することが分かった.また,野外で交尾中の雌が持つ卵数は,羽化直後の処女雌が持つ卵数よりも有意にばらついており,産卵途中の雌も交尾することが示唆された.交尾時間を測定した雌個体の蔵卵数を計数したところ,交尾時間との間に強い相関が見られた.一方,卵数が体サイズから推定される一腹卵数の20%以下まで減少した既産卵雌では,有意に交尾時間が短かった.ところが,卵数が推定一腹卵数の20%ー80%まで減少した雌については,80%以上卵数を持つ雌と交尾時間に有意差がなかった.すなわち,トゲトビイロカゲロウの雄は,既産卵雌を区別して交尾時間を節約することや,産卵中の雌にも対処女雌と同等の繁殖努力をしていることが考えられた.雄が産卵場所に集合し既交尾雌とも交尾する配偶方法について,雄が交尾時に陰茎の凹みを使って雌の前庭から前交尾雄の精子を機械的に精子置換するとの仮説を立てて議論した.(Takemon, 2000)
7.ナミヒラタカゲロウEpeorus ikanonis の地域個体群間の遺伝距離(大阪府立大学)
京都市賀茂川支流の流程間でナミヒラタケゲロウの地域個体群内および地域個体群間の遺伝多様性の比較を行ない,原流域の集団の方が中流域の集団よりも遺伝多様性の低いことを明らかにした.また,小地域個体群間の遺伝距離を比較したところ,源流域では異なる支流間の遺伝距離が同一支流の流程間よりも小さい現象を見出した(Takemon et al., 1998).
8.モンカゲロウEphemera strigataの産卵場所の研究(大阪府立大学)
1986ー1987年に京都鞍馬川ならびに貴船川で,モンカゲロウの産卵場所の分布調査を行った.分析の結果,産卵場所が淵尻の瀬頭にある洲の上流端に集中することや,そのような産卵適地が砂防堰堤の上下にできやすいことなどが分かった.それらの事実に基づいて,山地渓流における水生昆虫の生息場所を保全するための留意事項についてとりまとめた(Takemon, 1997).その後,2002年には産卵場所の地形特性について,開空度,河床内の動水勾配,間隙平均流速といった物理要因に着目した研究を行い,モンカゲロウは,間隙平均流速が大きい場所に,集中的に産卵していることを示した(田中武志・竹門康弘・山田浩之・池淵周一, 2003).
9.渓流の微生息場所分布様式(大阪府立大学)
奈良県東吉野村の高見川底生動物群集を対象に,水生昆虫各種について微生息場所の空間分布様式を解析し,山地渓流における底生動物群集の分布モデルを提示した(Takemon & Tanida, 1993; Takemon, 1997; 竹門, 1997; 竹門, 1999).
10.渓流における河床間隙水域の底生動物群集(大阪府立大学)
1995年に奈良県の高見川において,河床間隙水域(ハイポレイックゾーン)の底質や水質などの物理化学的環境構造と底生動物相の調査を行なった.その結果,ケブカユスリカ属Paraboreochlus sp.のように同じ河床間隙水域でも砂洲の伏流水域に特異的に生息する底生動物群の存在が示唆された(Takemon et al., 1999).
11.森林が渓流生態系に与える影響(大阪府立大学)
1996年から1999年に,栃木県湯西川流域の,原生林・皆伐地・渓畔林付き伐採地を集水域とする渓流で,有機物の収支,河床微地形,藻類現存量,底生動物群集組成を調査した.まず,付着藻類量を,季節ごとに岩盤・浮き石・はまり石で比較した結果,皆伐植林地が多かったが,他の流域間では有意差はなかった.夏と秋には皆伐地>天然林1次谷=2次谷>渓畔林付伐採地の順,春には渓畔林付伐採地>皆伐地=天然林2次谷>天然林1次谷の順となり,渓畔林付伐採地では春に藻類現存量が急増した.いっぽう,はまり石の藻類量は浮石や岩盤よりも少なかったが,皆伐地のはまり石には多かった.底生動物の種数や総個体数は,皆伐地>渓畔林付伐採地=天然林2次谷>天然林1次谷の順に多かった.本研究は,卒業研究の課題として活用するとともに,その成果を講議題材としても活用した.(森林機能研究会報告書)
12.タンガニイカ湖のシクリッド魚類の行動生態学的研究(大阪府立大学)
藻食性のネオランプロログス・モーリーの縄張り内外で藻類のクロロフィル量を測定した結果を分析し,モーリーの縄張り内には10倍以上の藻類が現存することを示した(Kohda & Takemon, 1996).また,同じシクリッド魚類の底生動物食魚ネオランプロローグス・モンダブの雌の体サイズ・縄張りサイズ・雌の繁殖成功と底質との関係を分析し,砂地の割合が高い縄張りを持つ雌ほど繁殖成功の高いことを明らかにした(Takemon & Nakanishi, 1998).